研究論文「高齢期におけるゴルフのプレーと認知機能の関係」を発表
対談「国立長寿医療研究センター」老年学・社会科学研究センター長 島田裕之先生✖元国立長寿医療研究センター理事長 鳥羽研二先生
ゴルフが健康寿命の延伸や認知機能の維持に果たす役割を科学的に証明した研究論文「高齢期におけるゴルフのプレーと認知機能の関係」が、心理学・認知科学分野の国際学術誌「Acta Psychologica」に掲載された。国立研究開発法人「国立長寿医療研究センター」で老年学・社会科学研究センター長を務める島田裕之先生らによる研究論文は、ゴルフが認知機能の改善だけでなく、高齢者が参加できる生涯スポーツとしての役割を担える可能性を一層に広げることを示している。日本ゴルフ協会(JGA)が取り組むWAG(ウィズ・エイジング・ゴルフ)にも医学者として長年携わる元国立長寿医療研究センター理事長の鳥羽研二先生が、論文発表に至る研究の背景などを島田先生に聞いた。
発端は高齢者の転倒予防 認知症予防プログラム「コグニサイズ」を全国展開
鳥羽研二先生 ゴルフと認知機能に関しては、10年以上前から取り組みがなされてきました。島田先生は、運動は万能薬ということで、認知機能にも良い影響を与えるということを長年研究されています。その中でコグニサイズという、運動と頭を使う知的刺激を同時に与える認知症予防のプログラムも、全国展開されています。どうしてコグニサイズを思いついたのか、そのあたりのエピソードからお聞かせ願えますか。
島田裕之先生 認知症予防の前に盛んに行われていた研究に、転倒予防の研究があります。その一つの指標として、2人で同時に歩いている時に話しかけると、認知機能が少し落ちていて転倒しやすい人は止まってしまうという症状が、ランセット(世界最高峰の医学誌)に報告されていました。歩くという動きと、認知的なタスクを同時に行うと、そのような人は転びやすいからです。そこで、逆にそれをうまく出来るようになったら転ばなくなるのではという発想から、デュアルタスク・エクササイズが始まりました。
鳥羽先生 逆転の発想だったわけですね。島田先生は(足踏みしながら数を数えたりする)足踏みラダーなど、頭でいろいろ計算しながら運動するコグニサイズを全国的に展開され、広く知られるようになりました。その時に、当時は関東ゴルフ連盟(KGA)の理事で東松苑ゴルフクラブの社長だった中島篤志さん(故人)が先生の講演を聞き、ゴルフも頭を使いながら運動するのだから、認知機能低下の予防にいいのではという話になりました。
「ゴルフによってアルツハイマー病の中核でもある記憶機能が改善したというのは驚きでした」島田先生
島田先生 それまでは、スポーツ自体が持つ健康に関する効果というのは有酸素能力が向上するなどの研究は進んでいましたが、高齢者の認知機能に関してはほとんどなかったのが実情でした。
鳥羽先生 そこで、当時のKGAの高橋正孝理事長や、中島篤志さんの兄であるプロゴルファーの常幸さんにも参加していただき、ゴルフの経験がない人やゴルフ初心者の高齢者を募集。ゴルフのエクササイズを長期間に渡ってこなしてもらいながら認知症との関連を研究し、65歳以上でゴルフの経験がない、または初心者である106人のデータから、ゴルフが認知機能低下の予防に役立つという、いい成績が出ました。
島田先生 運動と認知機能の関連については、実行機能(物事を筋道立ててやり切ること)や注意機能に関して改善されるという研究はたくさんありましたが、記憶に対して効果があるという研究は少なかったんです。ゴルフによってアルツハイマー病の中核でもある記憶機能が改善したというのは驚きでしたし、非常にいいタスクだったと思います。また、ゴルフは通常ですと何人かでラウンドするので、その間にいろいろな社交もある。この社会的な交流というのも、認知症の抑制には重要でした。
鳥羽先生 新しくゴルフを始めた方々に様々な認知機能の向上が見られたことが証明された。ただ、その時点では、生涯スポーツであるゴルフを長く続けることが健康、あるいは認知機能にどのような影響があるかについては、まだ確かではありませんでした。今年発表された論文「高齢期におけるゴルフのプレーと認知機能の関係」では、そのようなことなども検証しています。
島田先生 今回の研究は5000人以上の集団を対象にし、そこから少し除外しましたが、かなり多くの人数を対象にしました。これまでの研究から、ゴルフをやれば認知機能が上がることは短期的に証明されましたが、長い目で見た時は、ゴルフをずっと続けている人もいれば、途中でやめたり、または最初からやっていない方もいる。練習も、打ちっぱなしに毎日行く人もいれば、年に数回しか行かない人もいる。どのくらいやれば効果があるのか、続けたらいいのか、そのあたりの解析を行いました。
鳥羽先生 そのような研究の中で、効果があったものについて解説していただけますでしょうか。
月に1回程度のラウンドでも長く続けることが頭の健康にいい
島田先生 認知機能とひと言で言いましても、いろいろな機能があり、例えば記憶、注意力、さらに実行機能、処理速度、すなわち頭の回転が速いということですが、これらの機能で低下があるかどうかという切り口で分析しました。これらを、ゴルフをやっていた群と、やめた群と、今までやっていなかった群で比較し、ゴルフを続けている人と、今はやっていないが過去に経験したことがある人は、全くやっていない人よりも認知機能が保たれている可能性が高いことが分かりました。実行機能に関してはゴルフを続けている人の方が保たれやすく、全般的な認知機能も同様でした。これらを考えると、ゴルフをやめてしまっても一部の認知機能については保たれる可能性はあるものの、長く続けている方が保持されていることが分かったわけです。ゴルフをどのくらい多くやっているかの量については、今回の対象者では明らかな傾向はなく、ラウンドにすると月1回程度でも続けていることに大きな影響があるということだと思います。
鳥羽先生 月に1回でも2回でも長く続けることが、頭の健康にいいということですね。そのようなゴルファーは多いと思うので、中高年の方にとっても心強い結果だと思います。ゴルフをやめても頭の健康が少しは残っているのはどうしてでしょうか。
島田先生 ゴルフに限らないことですが、いろいろな活動をしていると、脳の体力というか、予備力というか、そういった機能が少しずつ上がっていきます。だからゴルフをやめたとしても、それまでの上がり幅がある程度あるので、そこから下がっても極端に下がった状態にはならないということです。
鳥羽先生 島田先生はMRI(磁気共鳴断層撮影装置)を使って記憶力を司る海馬を含む脳の体積の変化も、運動している群と、そうではない群に分けて追跡した研究を一緒にされています。やはり運動している群は脳の縮みが少ないのでしょうか。
高齢者ほど運動習慣をある程度持つことが重要 運動は脳の体積を保ち、脳の栄養素も分泌する】
島田先生 われわれの研究では(脳の体積が)大きくなるところまでは確認できませんでしたが、運動をやらない方々は下がっていきました。特に海馬は非常に弱い組織なので、高齢期に1~2%くらいずつボリュームが落ちていきます。ただ、運動を一所懸命にされている方は下がらずに保持できていて、1年くらいの単位で比較すると有意差が出ています。
鳥羽先生 脳の神経を活性化させるような成長因子やホルモンに関しては、運動による効果はどうなのでしょうか。
島田先生 筋肉はホルモンを分泌します。特に運動をすることによってイリシンというホルモンが出てきて、それが海馬に対してよく働き、BDNFと呼ばれる脳の栄養素をたくさん分泌させることが知られています。BDNFは加齢によって明らかに下がっていくので、高齢者の人ほど運動習慣をある程度持っていただくのが重要だと思います。
鳥羽先生 心の健康という意味で、鬱とか落ち込みというのも認知機能が低下するリスクにつながるといいます。ゴルフなどの運動による鬱への効果はいかがなのでしょうか。
島田先生 その効果もあると思います。特にゴルフは身体活動もそうですが、仲間と一緒に社交もするし、鬱病の予防にとっていいプログラムだと思います。
鳥羽先生 運動をしている方が、それまでより閉じこもりが少なくなったとか、そのようなことも見ているのですか。
島田先生 はい、そのあたりも研究しています。運動して社会性が高まるのか、運動するためにある程度、強制的に社交をとる状況になるのか、その両面があると思いますが、いずれにしても、コグニサイズもそうですが、黙々と1人で運動しているよりも、運動をしながら友達とおしゃべりをしたり学習したりするなど多様な活動をした方が、脳にとっても心にとってもいいのは間違いありません。その結果として社会性も広がっていくのだと思います。
1.「島田裕之と鳥羽研二のゴルフ対談」
https://youtu.be/QaO78kFHNS8
2. 「 ウィズ・エイジング・ゴルフの可能性」
https://youtu.be/gRIu8Vvzw8k
取材・文/情報シェアリング部会委員 鈴木遍理


