People 第8回 「ゆんみ」と「哲朗」二人三脚で、デフゴルフの普及、発展を目指す

ともに耳が不自由な袖山夫妻の大きな夢が、同じ境遇の子供や若者のゴルファーを増やすことだ。耳が不自由な人によるゴルフをデフゴルフと呼ぶが、夫の哲朗さんはデフゴルフのトップ選手で、妻の由美(愛称ゆんみ)さんは、国際(世界共通)手話、アメリカ手話通訳の第一人者。二人三脚で、夢の実現に向かっている。

由美さんは1973年生まれ、哲朗さんは88年生まれで、15歳もの差がある、いわゆる「姉さん女房」だ。二人を結びつけたのもゴルフだった。

2012年、三重県の津カントリークラブで、アジアで初めて世界デフゴルフ選手権が開催されたが、準備は4年前から始まっていた。由美さんは、主に手話によるコミュニケーション部門のプロデューサーとなったが、困ったのはゴルフがまったくわからないことだった。きちんとした通訳のためには用語を知る必要があり、競技がわからないと運営のやり方が想像できない。そこで、デフゴルフの第一人者だった哲朗さんに頼み、ゴルフについて一から教わった。

さらに二人の関係を深めたのは、当時、日本体育大学ゴルフ部に所属していた哲朗さんが、父親の勧めで、由美さんの家に下宿をしたことだ。明るくポジティブな由美さんの事を知った父親が、最初にほれ込んだのかもしれない。

確かに、由美さんのバイタリティーには、驚くしかない。聾学校を卒業後、大手ゼネコンに就職したが、そこで一念発起。単身、渡米し、アメリカの大学でスペイン語と英語を習得する。さらに、別の大学の聾教育科で学んで、修士号を取得。アメリカ手話、国際手話を身に付け、ウィスコンシン州立聾学校の幼稚部などで教鞭を取るまでになった。手話は、相手の口の動きも見ながら会話をするため、その国の言葉がわからないと“話す”ことができない。日本人は外国語の習得が苦手と言われるが、耳の不自由なハンディを持つ由美さんは、どれほどの努力を積み重ねたのだろうか。

帰国後、由美さんは外資系の化学会社に勤めたが、エネルギッシュな動きはさらに加速し、国際手話、アメリカ手話、そして聴導犬の普及へと活動を広げていく。彼女の存在を知った東映が由美さんを主役に制作した映画「みみをすます」(2005年)は、文部科学省選定教育映像最優秀作品賞を受賞した。また、哲朗さんが、アスリートにしては食が細く、病気がちだったため、アスリート・フードマイスターの資格を取得し、「筋肉だけで10キロ、体重を増やしました」と由美さんは笑う。子供向けに開設したアメリカ手話教室では、英語の読み書きも教える。世界に羽ばたいていく子供を1人でも多く作り、日本の聾学校でアメリカ手話を教えられる教師を増やしていくことが目標だ。最近では、手話歌のボーカルとしてライブ公演を行い、さらに世界デフゴルフ連盟の事務局長にも就任。翼が何枚もあるかのように、活躍の舞台を広げている。

哲朗さんは、補聴器を付けられる障害の程度だったこともあり、医師だった父親の方針で、普通の学校で学んだ。父親の勧めで小学3年生の時からゴルフを始め、静岡学園高校、日体大ではゴルフ部に所属。関東ジュニア選手権で3位、全国ジュニア選手権で5位に入るまでになった。

日本デフゴルフ選手権は、中学3年生で初めて優勝して以来、計5回、制している。世界デフゴルフ選手権は、年齢制限が取れた高校3年生の時に初めて出場して4位。2年後に最高成績となる3位に入った。この活躍が認められ、2009年、日本ゴルフ協会(JGA)が学生ゴルフ振興のために制定している作文コンクール「JGA ACADEMIC GOLF AWARD」を受賞した。哲朗さんは、その作文の中で「ゴルフは健常者だけでなく、いろいろな障害を持った人たちも一緒にできる素晴らしいスポーツである」「私が障害者ゴルフを通して学んだ事は、何があっても、途中でくじけることなく、前向きに頑張ること」「耳が聞こえなくてもできるゴルフというスポーツに感謝をしつつ、夢に向かって私の挑戦は続きます」と綴っている。

耳が不自由なだけなら、ゴルフでは普通の人と変わらないのではと思う人もいるだろう。試しに、耳栓をしてラウンドしてみるといい。私は、常に違和感を覚えながらショットをし、ロングパットの距離感もつかめず、不安でたまらなかった。普段、いかに「音」を手がかりにプレーをしているということだろう。風の向き、強さも、目と皮膚感覚の情報だけでは、確信が持てない。「フォア―」の声が聞こえず、雷による中断のサイレンもわからないなど、健常者にはない危険もある。

二人が一緒に住み、結婚を意識しだしてから、哲朗さんによる由美さんのゴルフの特訓が始まった。夜、家の近くの公園に行き、哲朗さんは由美さんに9番アイアンだけを持たせ、スイングの基礎を徹底的に教え込んだという。「高いレベルで、二人で長くゴルフを楽しみたいから」という哲朗さんの思いからだった。

今では由美さんの腕前も上がり、哲朗さんと一緒に子供たちにゴルフを教える活動に取り組んでいる。取材したのは、東京都品川区の明晴学園で行われた「わくわくデフスポーツ体験」というイベントの時だったが、二人は日本デフゴルフ協会の仲間や学生スタッフと共に、幼稚園から小学生の子供たち40、50人を相手に、スナッグゴルフの道具を使って、指導。常に笑顔で子供たちに接し、球を的に当てるゲームなど通して、ゴルフの楽しさを伝える姿が印象的だった。

「わくわくデフスポーツ体験」は12年前から始まり、ゴルフのほかテニスやバドミントン、ラグビー、マウンテンバイクなど様々なスポーツを子供たちに楽しんでもらうイベント。二人は、ゴルフの指導者として、第1回から参加している。由美さんは「ゴルフはお金がかかることもあり、実際に体験する機会が少ないスポーツ。でも、このイベントでゴルフに触れたことを、社会人になってゴルフに誘われた時に思い出してもらえたらうれしい」と話す。そして「手伝ってくれた学生スタッフが興味を持ち、後日、私たちのゴルフレッスン会に参加してくれたり、その親がデフゴルフ協会の存在を知ってくれたりするなど、ゴルフの普及にほんの少しですが役立っていると感じています」と続けた。

二人が子供たちの指導に力を入れているのは、哲朗さんから後の世代が育っていない危機感も背景にある。日本デフゴルフ協会の会員は40人ほどで、年齢は82歳から20歳まで。仲間とゴルフを楽しんでいるデフゴルファーは200人前後いると見られているが、日本選手権、世界選手権を目指す若い競技ゴルファーがいないのが悩みだ。学生時代から日本のエースとして活躍している哲朗さんは、大学卒業後、フルタイムの会社員として働いていることもあり、世界選手権での成績は徐々に下がっている。今の子供たちが日本代表まで育っていくのは時間がかかるかもしれないが、この「種まき」は大事だと、二人は考えている。

哲朗さんは、「映画館の障害者割引や、ゴルフでのジュニア料金のように、障害者に対してラウンド代を割り引いてもらえたら、プレーを楽しむ人が増え、その中からスーパースターが出たりすれば、ゴルフ界全体も活性化するはずです。共生社会を実現させるためにも、日本のゴルフ界との連携を強化して、ゴルフを盛り上げたいと思っています」と話す。

由美さんは、「ほかにゴルフに触れる機会がないこともあり、『わくわくデフスポーツ体験』に毎年、参加してくれるお子さんが多い。うれしいと思うと同時に、もっとゴルフやスナッグゴルフができる環境を作らないといけないと感じています」と課題を挙げた。

このインタビューのため、由美さんとメールでのやり取りもした。由美さんのメールの最後には、「My life work」と題して 「常に棒(クラブ)を持ち歩き、マイナスをプラスに変えて、聴こえない、聴こえる関係なく、ワクワクする環境でオープンな世界観をつなげたい」と書かれていた。常に明るく前向きな二人の思いが、必ず実現しますように。

 

取材/文・髙岡和弘(情報シェアリング部会・委員)

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