両膝人工関節置換手術から1年9カ月で日本グランドシニア選手権2位タイ 能登半島地震被災の中でゴルフと仕事を両立 林建治さん
人工関節置換手術は、今や年間10万人近くが受けるスタンダードな手術となっている。軟骨がすり減るなどした変形性関節症や関節リウマチによって痛む部位をチタンなどの金属やポリエチレンで構成される人工関節に置き換えることで、早ければ術後数週間で日常生活にほとんど支障ないほどまでに回復できるようなった。2024年に両膝の手術を受けた林建治さんは、1年9カ月後の25年11月に70歳で日本グランドシニア選手権2位タイの快挙を成し遂げた。地元石川県の地震被害で公私に多忙な日々を送るなか、ゴルフに情熱を注ぎ込む日々を聞いた。
首位に1打差 気持ちが浮ついたOBに「無欲がゴルフには大切」
―昨年11月に福岡県・伊都ゴルフ倶楽部で開催された第31回日本グランドシニアゴルフ選手権で1打差の2位タイ。優勝にあと一歩でした。
林建治さん 初日がパープレーで、最終日は前半を2アンダーで折り返して一時は首位に立ちました。ただ、15番でカメラマンに人が私のティーショットを写そうとしていて、周りから「林さん、ひょっとして優勝争いしているかも」と言われたんです。そうしたら気持ちが浮ついて、スウェーをしないためのチェックポイントも忘れてサッと振ってしまい、左にOB。最終的には73で、通算1オーバーでした。それまでは前年度のチャンピオンで2018年に日本ミッドシニアゴルフ選手権も優勝されている田村敏明さんと和気あいあいとラウンドしていて、両膝を人工関節にしてからここまで来られたことを喜びながら無欲でプレーしていました。やはり、そういう気持ちがゴルフには大切なのかもしれませんね。
―その人工関節置換手術について、詳しく教えてもらえませんか。
林 はい、24年1月30日に、地元の石川県の病院でまず右膝を手術しました。その3年くらい前から歩くことがままならないほど両膝が痛くなり、それでも我慢してゴルフを続けていました。股関節の場合は両足を同時に手術することもありますが、膝の場合はトイレにも行けなくなってリハビリにも支障が出るので、左右別々に手術したんです。左膝の手術は2月27日で、計2カ月近くも入院してリハビリを続けていたことになります。1月1日の能登半島地震で社会も動いてなく、仕事も出来なかったので、長期間入院できました。
―地震では被害に遭われたのですか。
林 最大震度は7で、能登半島の入口付近にある自宅の周辺地域は6強でした。それでも地盤が固かったので壁にひびが入るなどの一部損壊ですみ、電気も3日ほどで通りました。ただ、水道はなかなか回復しなかったので、手術を控えていた私は給水車から水を運ぶなどしたのが辛かったです。
術後半年でアプローチ練習「最初のうちは怖かった」
―退院後はリハビリを続けて日常生活への復帰を目指すわけですが、ゴルフの再開はいつごろでしたか。
林 手術から半年ほどして、アプローチ練習の許可が出ました。執刀した先生がハンディキャップ1という腕前で、ゴルフに必ず復帰できると、はっきりおっしゃって下さったので、復帰プログラムはすべてお任せしていました。でも膝をねじった時にどこまで耐えられるか分からなかったので、最初のうちは怖かったです。左足への体重移動ができず、明治の大砲みたいなスイングでした。
―レジェンドゴルファーのトム・ワトソン選手は人工股関節置換手術から3カ月ほどでゴルフに復帰し、1年後には全英オープンで優勝争いをするまで回復しました。
林 膝の場合は股関節より時間がかかり、歩くことはできるようになっても、130度くらいまで曲がるようにならないと階段の昇降もできません。退院後もリハビリを続けないと、すぐに筋肉が戻って曲がらなくなってしまうので、大変でした。でも11月頃にはスイングの感覚も戻ってきて術後の経過も良好ということで、月例にも出場できました。最初のうちは飛距離が戻らず、200㍎も飛べばいいくらいでしたけど、翌25年は春から各試合の予選にも出場できるようになり、5月の石川県アマチュア大会の予選では片山津ゴルフ倶楽部でカートを使わず、すべて歩いてプレーできたので自信もつきました。
―それでも石川県のゴルフ場は地震による被害で長期間にわたって閉場を強いられたところもあります。ラウンドするのは大変だったのでは。
林 私のホームコースである和倉ゴルフ倶楽部は1年間も閉鎖していました。ただ、他のゴルフ場のメンバーでもあったので、週2回くらいのラウンドは続けることができました。

ゴルフに本腰を入れたのは55歳 計4度の手術を乗り越える
―それからは70歳の誕生日の翌11月の中部ミッドシニアゴルフ選手権で4位、グランドシニアデビューとなった同月の中部グランドシニアゴルフ選手権を10位で日本選手権に歩を進めたわけですから、急速の回復ですね。聞くところによると、ゴルフを本格的に始めたのは55歳からとのこと。それも合わせて、驚きです。
林 55歳までは子供のスポーツにかかりきりで、長女が小学校からバレーボールを始めれば応援にのめり込み、2人の息子が野球をやれば学童野球のコーチになるなど、子供中心の生活でした。ゴルフはコンペなどに出ていましたが、ほとんど熱は入っていませんでした。ただ、55歳になって子供たちが大学に行き、家を出ていくと、自分のためにスポーツをやりたくなり、高齢になっても出来るゴルフに本腰を入れました。練習場で毎日300球を打ち、土、日曜日はラウンドし、ゴルフ漬けの日々。63歳の18年には日本シニア選手権で9位に入りました。それまで野球のコーチなどで体を動かし続けていたことも、良かったのかもしれません。
―両膝を人工関節にする以前にも、手術を2度受けているそうですね。
林 はい、1度目は17年、脊柱管狭窄症で足がしびれるようになり、手術しました。日本シニアで9位に入ったのは、その翌年です。2度目は65歳だった20年で、頚椎症のためしびれる首を手術しました。その翌年は日本ミッドシニアゴルフ選手権に出場できた(27位タイ)ので、昨年の日本グランドシニアゴルフ選手権といい、手術した翌年に成績が良くなるみたいですね。スッキリするんですかね。ゴルフが出来るようになればいいという一途な思いがいいのかもしれません。
手術してあと数年はゴルフができる「ありがたさがすべてです」
―70歳の今も現役で仕事を続けられているとのことで、ゴルフと両立させながら計4度の手術も乗り越えてきたわけですね。
林 仕事は不動産への登記手続きを行う土地家屋調査士で、現在は地震の影響による液状化現象で町全体が1㍍50㌢ほど地滑りしてしまった金沢の砂丘地帯の登記手続きを進めています。だから時間的余裕はなく、ゴルフをしている時も仕事のことが頭から離れません。成績うんぬんよりも、一所懸命にプレーして仕事にまた行こうという気持ちになってしまうんです。仕事を一所懸命にやってゴルフも一所懸命にやるというメリハリが、今はうまくかみ合っているのかもしれません。
―今後の目標はグランドシニアの日本一ですか。
林 そんなつもりはありませんし、狙って取れるものでもありません。このように手術をして、あと数年はゴルフができるという、ありがたさがすべてです。試合に出ていると、私より年配の方々が頑張っていて、その姿を見ていると、自分も精進を重ねればあと4、5年はゴルフができるという思いになります。ゴルフと出会って本当に良かったと思います。それでもゴルフばかりだと気が緩むので、健康第一で、気持ちの張りを持たせ続けるために仕事も頑張っていきたいと思います。
取材・文 情報シェアリング部会委員 鈴木遍理


